2008年06月29日
2008旧イギリス領事館の薔薇
今年も旧イギリス領事館の薔薇が咲いたとの事で、早速行ってみた。
咲いているかな?
領事館へ入り、右手から奥の中庭へ行ってみます。
咲いていた。
やっぱり薔薇見物の人出で、いつもよりお客が多いみたい。
薔薇は詳しくないですが、相変わらずいろんな色の薔薇があるものですね。
一通り薔薇を見終わって(撮り終わって)自分の目で薔薇見物すると・・・
領事館の壁際に青い花が咲いていた。
パンジーの一種かな?
毎年同じ事を書きますが、私はこの銀杏の木の方に『癒し』を感じます。
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領事館‥入館した事ないわ〜。
一眼で撮った画像をリサイズすると、こんな画像になってしまします。
無料で入れる場所も多々ありますから、旧領事館はなかなか楽しめますよ。
イギリス領事館。北海道観光HPに、
>函館のイギリス領事館は、初代領事のホジソンが1859年(安政6)に着任して以来1934年(昭和9)までユニオンジャックをかかげ続け、港町函館を象徴する光景となっていました。
最初は、称名寺を仮領事館としましたが、1863年(文久3)に元町のハリストス正教会の西隣に領事館を新築し、数回の火災にあったのちこの場所に再建しましたが、再び火災により焼失し、現在の建物は、1913年(大正2)イギリス政府工務省上海工事局の設計によって竣工したものです。
昭和54年には函館市の有形文化財として指定されており、平成4年に市制施行70周年を記念して復元し、一般公開しております。
と解説されています。維新当時、イギリスは『倒幕派』。安政6年と言えば、安政の大獄で、橋本左内が刑死した年です。
初代領事のホジソン、医者で外交官、清国駐在領事だったラザフォード・オールコック(著書『大君の都』で有名)に領事に任命されているんですよね。で、多分ラザフォード・オールコックはフリーメーソン(それも高位のイルミナティ)だったと言われています。あの時代、ロスチャイルド家を中心とする、ユダヤ・フリーメーソンの暗躍した時代であったようですね。
『表の歴史』と『裏の歴史』。
『裏の歴史』は、消されたものが多いですし、まともに取り上げたりすると“頭がおかしい”扱いされますが、その全てが“正確”な訳も無く、おまけに“故意にウソ”を入れて“カウンター・インテリジェンス”のカモフラージュで覆われていますからね。真実を掘り返すのが“良いこと”なのか“良くない”事なのか、微妙ですけど、日本人として、日本の“本当の歴史”を知りたいですよね。
しかし、それにしても、『見事な薔薇』と『清楚なパンジー』ですね。
樹木は、人を癒してくれますよね。
それに対して、人間は何を返す事ができるのでしょうか?
函館の観光名所は、昼の顔と夜の顔は少し違います。
ハリストス聖教会やヨハネ教会等の教会群は同じですが、
箱館戦争戦争の頃の名所や外人墓地、そして、これらの領事館、
他にはロシアや中国など多々あります。
トドメにむか〜しの建物等の中には肉体が無くなっても
精神だけ建物内に残された場所があるようです。
簡単に言っちゃえばオバケが出るって事ですがね。
観光を売り物にしている函館ですし、そういった事は表には出てきません。
まあ、昼間に行けば安心ですし、写真のように趣もあり大変良い場所です。
長文、入れられたみたいですね。 安心しました。