2010年01月30日

サイスポ

先日ご紹介した林道メモ(自転車ツーリング記録)を読み返していました。

他の記録をご紹介するには翻訳(注釈)が必要と思われた。

しかも今と違い、複数人での走行記録が主体となっており、登場人物まで紹介しないと話が見えてきません。

というわけで、保留にしていますので悪しからず。


ところで・・・

林道メモのノートの表紙に、当時愛読書だった『サイスポ』(月刊サイクルスポーツ)の表紙を使っていた。

 20101293.JPG
それがこれ。

 20101292.JPG
表紙の裏を見ると、実に懐かしいBS社製のランドナー等が写っています。

当時は、ロード(ロードレース用)
     スポルティーフ(快速ツーリング車・輪行車)
     ランドナー(ツーリング車)
     キャンピング(長距離ツーリング車)に分かれていました。
    
そして私が乗っていたのは、BS社製のダイヤモンドキャンピングというキャンピング車でした。
自転車の前後にはサイドバックを取り付けられるようにキャリアを装備し、自転車には4つのバック(帆布製)も純正装備されていた。

マニアックになりますが、他の車種と比べてラグ(溶接箇所)も強度があり、シートステーも他の車種はないクロスドシートステーという物を使っており強度を上げていました。また車輪を支えるハブもラージハブという強度のあるものが使われて、一見しただけでキャンピング車と分かったものです。
その分、重くて軽快な車種と一緒に走ると、どうしても遅れ気味になった記憶があります。

このキャンピング車には随分長く乗っていたような気がしていたけど、若い頃は時間の流れが遅いので、実際は3年しか乗っていなかった。
その後、片倉シルクのロードレーサーに乗り換えたと同時にバイクの免許取得。
最初に買ったバイクは、ヤマハGT50(ミニトレ)です。

しばらくはバイクと自転車の比率が5:5でツーリングや野山の散策でしたが、いつの間にかバイクオンリーになってしまった。

だって、当たり前だけど、林道や峠の登りが楽なんですから・・・


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posted by 黒ウサギ at 00:21| ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 懐かしい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
黒ウサギさんお久しぶりです。たまらずコメントです。私はダイヤモンドシリーズが買えずユーラシアの緑でした。前三角のみですがクロモリ、ハイテンフォーク、キャンティブレーキなど当時の私にとってはドリームカムトゥルーなのでした。小遣いやお年玉をためてトゥクリップやバックを買い足して悦に入っておりましたが、先輩に貸してもらった2速オートマのヤマハチャッピーの加速にのけぞり、愛読書はサイクルスポーツからモトライダーへと変わっていきました。初めて買ってもらったのは(買ったのは別機種です)TY50です。これもあまりのうれしさに、1週間後キャンプ場の沢渡りをして水没→一晩野宿の後何とか帰還と楽しいバイクライフが始まりました
Posted by 大和町のおんちゃん at 2010年01月30日 19:43
大和町のおんちゃんさんへ

おひさしぶりです。
おんちゃんさんも自転車に乗ってたんですね。
ユーラシアとか丸石エンペラーとか片倉シルク・・・
いろんなメーカーから出してましたね。

カンティブレーキ・・・確かにありました。
ワイヤーでヤジロベイのように引っ張るブレーキでしたね。
自転車ってカンパじゃなければお小遣いを貯めると買えそうな価格でね。
頑張って買いましたよ。
サドルが硬いといえばブルプロ(ブルックス・プロフェッショナル)とかって・・・

バイク初体験・・・私はカブでした。
ペダルを回さなくとも前進する、あの感覚に衝撃を受けましたよ。
水没しちゃったおんちゃんさんも今では懐かしい思い出ですね。
Posted by 黒ウサギ at 2010年01月30日 20:32
黒ウサギさん、おばんです。ちょっぴりお酒が入っておりまして懐かしさ全開です。当時建設作業員のバイトで3000円、ユーラシアが6万円弱、モンキーが10万円弱だったと記憶しております。カンパのレコードはもとよりプジョーやラレー、サイスポの記事を見て“ため息”でした。今は“なんちゃって〜”がホームセンターで2万円位で買えてしまえる時代、良いのか悪いのか分かりません。
Posted by 大和町のおんちゃん at 2010年01月30日 21:08
大和町のおんちゃんさんへ

はいはい、そうでした。
サイスポを読むとどこぞの峠は
こんなディレーラーを使っていたら良かったとかって書かれててね。
この部品を買えば良いのじゃないかって・・・
脚力は棚に上げて部品購入にセカセカしてました。
私は時給375円のバイトでしたから、なかなか買えません。
まあね、今だってそうそう買えませんけどね(笑)
Posted by 黒ウサギ at 2010年01月30日 21:15
懐かしい表紙ですね〜私は最初miyataのロードレックスと言うランドナーに乗っていました、仲間達は当時、富士 BSユーラシア NISHIKI 片倉シルク カリフォルニアロードと懐かしい自転車に跨っていました、一人だけケルビムのオーダーキャンピングがいましたが…
たまに廃車された当時の自転車をレストアすることがありますが、バラして復活させる時にあらためて部品達を見ると当時の国産品の工業力を感じます。(JISマーク付!反面変なものも多かったですが〜笑)

バイクは因みにRZ50スタートでした。


Posted by はりー at 2010年01月31日 00:14
はりーさんへ

懐かしい往年のメーカーが並びましたね。
私の友人もNISIKIや丸石に乗っていましたよ。
タンゲのフォークに換えた人もいたっけ・・・
社会人になるとジタンやコルナゴなどを買っていたようです。
でも、その頃になると、もう部屋のインテリアになってしまったようで・・・

今のラグレスフレームを見ると、いかに当時は丁寧に作っていたかが良くわかります。
ある意味、良い時代でしたね。
Posted by 黒ウサギ at 2010年01月31日 08:02
寒いですね。春が待ち遠しいです。

片倉の自転車、乗ってました。
油圧ブレーキのでゴールドの。
左のブレーキで前後が掛かり、右はワイヤーで後だけ掛かるのでした。
5段変速だったけど良い自転車でした。

港の家(今は病院が建ってる所)から、湯の川の高校へ通うつもりで買ってもらいましたが、余りにも遠くて自転車通学を断念しました。

あの頃の産業道路は、赤川交差点から五号線まで砂利道でしたね。

10段のドロップハンドル…憧れでした。
オッサンになってから21段のマウンテンを買いましたが…余してます。
赤いサリーちゃんに乗ったら、楽で楽で。

今年は新品タイヤなので、存分に走りますよ。


Posted by プー at 2010年01月31日 12:38
プーさんへ

本当に春が待ち遠しいです。

当時は後ろのギアが5枚あって前が2枚で10段でしたね。
私のは重積載タイプのキャンピングなので前が3枚で15段でした。
でもね、何段あっても脚力がないとどうにもなりません。

プーさんも自転車通勤断念組でしたか。
確かにね・・・自転車だと遠いし雨の日もありますから。
産業道路も砂利道で、中道には「血・汗・涙」の家もありました。
そういえばあの家、いつ無くなったんだろう?

自転車は健康のためとか、自転車自体が好きじゃないと続かないでしょう。
プーさんや私みたいに移動の手段だと楽で早い方にいきますからね。
Posted by 黒ウサギ at 2010年01月31日 16:59
あっ 思いだした…
多分黒ウサギさんと同じ頃 サイスポ見てましたが、よく編集部員がツーリング記事などの体験記載せてましたが、当時の編集者の〈松〉と言う方が ここ数年前より再びサイスポに登場、いきなり30年前の友人に会った気分でした。
Posted by はりー at 2010年01月31日 21:45
はりーさんへ

松さん・・・覚えてますよ。
懐かしい〜〜〜。

そういえば、定時制高校を休学して世界一周旅行へ出かけたオリザ君という人がいました。
時々サイスポで特集してた・・・
今は立派な劇作家になっています。
彼(平田オリザ氏)を見るたびに私の若い頃を思い出しますよ。
Posted by 黒ウサギ at 2010年01月31日 21:54
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