2011年12月02日

鏡山

冬になると野山へ出かける機会が激減し、ヲタク生活に入る私です。それでも地図を見て、次期探訪予定地を思考する事もある。

そして、今回目に付いたのが、北斗市(旧上磯町)に、海から約4`ほど奥にある標高330mの鏡山という山であります。

最初は鏡山直近まで林道が続いているから、ちょっと探訪してみようかという程度だったのですが、この山を調べてみても低山のためか山屋さんの記録はなく、見つけたのは箱館戦争の記録でした。

当時、この山に榎本軍は箱館戦争最大の野戦陣地を構築したそうです。明治2年4月29日、新政府軍は強力な部隊を投入し、更には海からは艦砲射撃を加えて、この陣地をを突破し侵攻したとある。

詳しい事は歴史書を調べれば分かるので割愛しておきますが、どうやら鏡山南側から伸びる林道?は現存する当時の道みたいだった。そして、鏡山から北側への道は地図では確認できませんが、昔は矢不来(やふらい)側へ抜けられたようです。

これは見てみたくなったので、来春は現存するらしい南側の林道を通り、鏡山へ是非行ってみる事にしましょう。

そしてもう一つ、鏡山から更に北へ行き、当別手前に葛登支岬灯台がある。この葛登支岬灯台裏手には、時の豪商、秦家.の寿楽園という庭園があったそうです。

なんでも島崎藤村ゆかりの人物らしく、そこには島崎藤村の石碑があるらしい。これも情報が少なくよく分かりません。春まで時間があるから暇をみて調べるつもりです。

う〜ん・・・

となると・・・

いつもはバイク中心での探訪ですが、こういう局地戦となると、やっぱりバイクより徒歩の方が良いかも知れません。だってバイクより、超壕、超堤能力は、私の2本の足の方が優れているでしょうからね。


                                          人気blogランキングへ
posted by 黒ウサギ at 23:32| 北海道 ☔| Comment(12) | TrackBack(0) | 野山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
来季のネタ探しですか。楽しそうですね。

私もネットで国土地理院の地図見たりして来季に向けて鋭気を養っていますが、やっぱり地図は紙で見たいですね。
パソコンのモニターは無料だけど疲れます。
でも、紙の2万5千分の1地図を買いそろえるとなると、結構金かかるんですよね。

まあとにかく、冬の間はバイクに乗らない分、貯金に精を出すので、ネット地図で我慢です。

ところで、鏡山から矢不来に抜ける道とか見つけちゃったりしたら、中々楽しいかもですね。
Posted by RH250 at 2011年12月03日 00:43
鏡山は函館の山の仲間が結構登っているようです。「三角点が見つけられないので、坂口さん、是非見つけて!」と頼まれていますが、まだ登っていません。最後は薮漕ぎだそうです。三角点探しなら夏でないと・・・。
旧道かどうかは、調べてみます。

寿楽園は、今の秦商事(当時は漁網問屋)の別荘で、その三女が藤村の妻です。「破戒」の出版費用も秦家が出しているそうです。
下記が詳しいです。
http://www7.ncv.ne.jp/~nisibori/sub1-10.htm
場所は私も分かりませんが、歌碑があるとすればそれが手掛かりになりそうですね。
Posted by sakag at 2011年12月03日 08:34
箱館戦争時の旧道を研究している友人・も〜さんの資料が見つかりました。
鏡山は戦場になっているようで、旧道があったようです。下記に当時の地図も載っています。
このような史実のあった山だったのですね。ぜひ登ってみようと思います。
旧道探しは、夏草のなくなるこの時期が良いのですが・・・。
http://dp04131457.lolipop.jp/hijikata/kagamiyama/kagamiyama.htm
Posted by sakag at 2011年12月03日 08:51
RH250さんへ

休みが雨なので、かれこれ半月以上出かけてません。
今時期は雪も無いしメイトでトコトコ出かけるには最高なのですがね。
今回の鏡山と寿楽園も来年になるでしょう?

私は、2.5万の地図はカシミールっていう無料ソフトの地図で見てました。
これだと紙ほどじゃありませんが、私はストレスなく見てます。
紙だと高いですからね。
5万の地図を買ったときでも道南だけで二畳ぐらいになりました。
Posted by 黒ウサギ at 2011年12月03日 11:47
sakagさんへ

情報ありがとうございます。
何気に地図を見てたら見つけたんですが、あまり情報がなくて図書館でも行って箱館戦争関係の歴史書を読んでみようと思ってました。

鏡山までの林道が廃道状態でも藪漕ぎよりは楽でしょうし、ここなら私でも行けそうです。
頂上はかなりの藪みたいで、私は無理そうですけど・・・
リンクされた資料を拝見すると確かに道らしき痕跡があるみたいですね。(私の観察力で見つけられるかはわかりませんが)
あの界隈は雪解けも早いですので早春に是非探訪してみようと思ってます。
雪さえ降らなければ年内でも行きたいんですが・・・

寿楽園は歌碑を目印に探してみます。
Posted by 黒ウサギ at 2011年12月03日 11:51
秋に郷土史歴史探訪してた時に郷土史料館の職員と
顔見知りになったんで今度行って聞いてみます。
Posted by なおぴー at 2011年12月03日 16:29
なおぴーさんへ

そういえば先日、なおぴーさんは北斗市の郷土史を見て回ってましたね。
鏡山もそうですが、寿楽園を知っている人なら簡単に分かると思うんです。
よろしくお願いします。
Posted by 黒ウサギ at 2011年12月03日 16:53
寿楽園は、湯の○ホテルの所有物です。
いまは、誰か判りませんが、

国道からは、茂辺地と当別の中間の
宵の明星 ききょう(ホテル)と書いてる所の
線路上にありますよ もちろん 上の道からも行けます。

今でも寿楽園の 当別側に看板あります。
ただ 廃虚で、倒木 草ボーボーですよ 

なんとなくですが、そこをブログでUPしたら、
それを見た人が、肝試し etc で、廃虚定番の
火事とか出したり・・・嫌な予感します。

ほか 鏡山は、クリーンセンター前の通り
から、作業用林道が確か付いたと思います。

当別〜茂辺地(キャンプ場上の湯の沢)の
高速道路のような林道は、落石で
もう開けないみたいですね 



Posted by yu at 2011年12月03日 20:51
そうそう クロウサギさん

矢不来の国道崖の上にある

三角形の標識 青函連絡船の500メートル
標識見たいな?

函館山方向に向かっていて
一辺が3〜5メートルの巨大な三角形が
二重になっている 構造物あるのですが
あれは、何に使われたものなのでしょうか?

判りましたら 教えてください。

一説には、山の測量とか
Posted by yu at 2011年12月03日 21:03
yuさんへ

寿楽園の情報ありがとうございます。
ブログにアップすれば誰か手掛かりぐらいは教えてくれるかな?って思っていたんです。
確かに廃墟マニアっていますから、ここで行って公開すれば肝試しがてら行く人間も出そうですね。
もし、見つけられても石碑の写真を載せるだけにする事にします。
私、昔々島崎藤村の本を読み漁った事がありましたから
藤村ゆかりの場所が函館近郊にあるのなら是非見てみようと思った次第です。

>三角形の標識 青函連絡船の500メートル
う〜ん これは私も謎だったんです。
残念ながら私もわかりません。
函館要塞の砲撃照準用目印として使われていた、海に突き出たコンクリートの矢不来坊主同様
きっと何か意味のある物だと思っているんですが・・・
Posted by 黒ウサギ at 2011年12月03日 21:42
ありがとうございます。

やはり あの三角判りませんか なんでしょうかね

寿楽園は、観光でそれの宿泊施設が、
国道の宵の明星 ききょう だという話でした。

市内 市内近郊の○○スポット 片っぱしから
火事になったので、こんな事を書いてしまいました。 

Posted by yu at 2011年12月03日 22:12
yuさんへ

あの三角形、言われてみれば知りたくなります。
分かったらこのブログにアップしますね。

>市内 市内近郊の○○スポット 片っぱしから・・・
そんなはんかくさい事する人間がいるんですか?
以前から思っていたんですが、そう言う事以外にも林道や野山の情報について、その情報を悪用っする人がいますから、どこまで情報をアップすれば良いのか分からなくなります。
善良に999人が使っても残り1人が悪用すれば、ハイそれまでですからね。
Posted by 黒ウサギ at 2011年12月03日 22:59
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/238327499

この記事へのトラックバック