少し季節は早いのですが、北海道で新緑をむかえる5月頃が私は一番好き。
ところがこの季節、人間にとって気分がいいとなれば、
私に寄ってたかって血を吸おうとする毒虫たちの活動期でもあるわけです。
野山へ行った思いでは、記憶や写真に残されますが、
人間は苦しみや辛さはすぐに脳内から削除され楽しさだけが甦って来たりします。
しかも、「あの時は大変だった」とか「苦しかったな」などと言う思い出が出てきても
余程の事が無い限りあまり実感が無く、
むしろ楽しさとして変形され記憶の中に残される。
この季節の野山には吸血鬼ブヨが沢山います。
これなんかは、私の周りに100匹近くがワイワイと群がり蚊柱ならぬ
『ブヨ柱』が出来てしまう。
素晴らしい景色を写真に収めようとデジカメを構える時には、
追い払うのが忙しくてカメラに収めるのが精一杯。
この目でゆっくりと観賞など出来ないときは、まったくもって腹立たしい。
腰に下げた蚊取り線香の煙が、あさっての方向へ流れようものなら、
事態はますます深刻となる。
そんな時に写した写真などは、いくら性能の良い一眼のカメラで撮ったって
ブヨの姿を見ることは無く、そこには綺麗な野山の風景が映し出されているだけ。
吸血昆虫を否定するほど身勝手を言う気はないのだが、
なんだって血を吸ったあとにいつまでも残るかゆみや痛みを残して行くんだい。
小さなブヨや薮蚊の何十匹に刺されたところで、たかだか数ccの血液、
ケチケチしないでくれてやるから、せめてかゆみだけはやめて欲しいものです。
人気blogランキングへ
2007年01月26日
この記事へのトラックバック
綺麗な風景写真にはそういう苦労が隠されているのですね。
“吸血鬼ブヨ柱”なんてイヤですね。なんか拷問の一種みたいです。
ホント、なんで奴等は“かゆみ”なんて残してゆくのでしょうね?
わたしも蚊に食われると何時までも腫れるタイプなんで、そんな奴らに出会うのは嫌ですね(^^;)
多分、自分の身体の方の反応なのでしょうね…ってこの辺りが理屈っぽいんですね(汗)。
本当に毒虫達には悩まされます。
一度、プッツンしてDDVP(昔のDDTのような殺虫剤です)
を散布しながら歩いた事がありましす。
流石に虫は寄って来なかったのですが、
要らぬ殺生をしたっていう罪悪感にさいなまれましたね。
彼らも必至、私も必至、でも虫達は本当に命がけ、
一寸の虫にも五分の魂ですからね。
ほんと不思議ですね。
血を吸われても痒くない虫が出現したら、ダーウィンの法則で大発展間違いなしでしょうに・・
そうですね。血液が凝固しない為と人にばれないようにする麻酔効果です。
その点、沢山血は吸いますがヒルは良心的だと思います(笑)