
で、仕事から帰ってみたら、こんなんなってた。

一月も置いて置く私も悪いが、下手人は決まってます。

私の横で寝てますからね。

入山券の写真を撮ったし、もうこれで捨てても良いでしょう。
と、いろいろ下らない事を考えた私だけど、『御萩さん』には関係なし。

寝起きだからムニャムニャしてた。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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29 | 30 | 31 |
恐山の入山券、どうするかと思っていました。
咬まれたから、これで心おきなく捨てられましたね。
『御萩さん』の悪さのお蔭です(笑)
御萩さん、地蔵を囓ってしまわれたわけですね。
それもまたよし、御萩さんとともにいれば心癒され、なんぞ浄土ならざらんや
と、きれいに(?)まとめるつもりだったのですが、バチかぶりな私は「おわす」が気になってしょうがない。
「地蔵と共におわす」のは誰なんだろう。これって尊敬語だから、まさか自分ではあるまい。
ようするに、「地蔵と・・」の「と」がいけない。この格助詞は主格を表さないので「おわす」のが尊敬の対象たる地蔵菩薩になり得ない。そこで主格を表す代表的な格助詞「が」に代えてみます。
「地蔵が共におわす故に浄土なり」
これならばよさそうですが、主語が具体的になりすぎて地蔵菩薩が俗っぽくなってしまいます。
さらに変更:
「共におわす地蔵が故に浄土なり」
すこしはいいかな。
最後に「おわす」正しい使い方の例をご紹介。与謝野晶子の歌です:
鎌倉や みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな
でも、鎌倉大仏は阿弥陀如来らしいのでこれも別の意味で正しくない。
なお、私には地蔵菩薩も釈迦牟尼も阿弥陀如来もちんぷんかんぷんです。もし尊敬語を使うならこの人たちに使うべきじゃないかなぁ程度の認識しかありません。
仕事に飽きてきたのでgdgdと下らないことを書いてしまいました。お目汚し失礼仕り候。
仕事ご苦労様です。
今回もまた博学才穎なコメント恐れ入ります。
私が恐山へ入山した際、この入山券を見て思いましたね。
お地蔵さんは、閻魔大王の現世の目みたいな存在なので、閻魔様がここに御座してるから、ここは浄土なのかと。
実際は、お地蔵様は人が彫った物ですけど、そこは偶像崇拝の得意な人間ですから致し方ないと思いましたね。
それにしても「博学才穎」なる四字熟語がすらりとでてくる黒ウサギさんもさすがです。
高校の現国の教科書にあった「山月記」の冒頭で見て以来の四字熟語でした。
「隴西の李徴は博学才穎」(山月記)
「隴西の李徴は皇族の子なり」(人虎伝)
なつかしいなぁ。
そういえば、昔覚えた言葉ってすぐに出るけど、今は関連付けしないと全く覚えられないのが常でした。
昨日、覚えた言葉にアクチュエータがありました。
絶対すぐ忘れるので、『悪・チュー・瑛太』と覚えたら覚えられました(笑)