2008年05月03日

セイヨウミザクラ

函館の桜(ソメイヨシノ)は少し散り始めてきましたが、

我が家の側にある、セイヨウミザクラは、これから満開を迎えます。

この種類は桜花を楽しむ桜ではなく、サクランボが採れる桜です。

08 5 3.jpg

花は白くてこんな感じ。

これでも十分にお花見が楽しめますね。




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posted by 黒ウサギ at 14:54| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
黒ウサギさんへ
わたし“桜”大好きですよ。
日本人だからなんて、小難しい理屈を振り回してではなくて、本当に奇麗だと思いますし、夜桜には“華霊”が居るような気がして、そのこの世ならぬ美しさに引き込まれてしまいます。
桜の華は本当に見頃が短く、少しタイミングを失うと、その頃に限って降る“雨”や吹いてくる“風”のせいで、すぐに華は散り、葉桜になってしまいます。

こちらはとっくに桜の季節は過ぎ去ってしまっていますが、そちらでは、まだ、最後の桜を楽しむことが出来るのですね。

桜は昔は日本人(武士)の精神を表していると言われて居ましたが、現在、そのような“日本人の精神”が失われてしまっていることに寂しさを覚えます。今ほど、そういう精神の人材を必要としている時代は無いといっても良いと思うのですけど、今の支配層に“サムライ”は殆ど居ないでしょうね。いつまでも、醜くなった花をぶら下げている人が(特に支配層)多すぎて、もう“見苦しい”だけです。

今年も、桜の盛りに“花見”にでかけましたが、時代を超えて、華は見事に心を満たしてくれました。感謝です。
Posted by 阿頼王 at 2008年05月04日 06:57
白い桜も美しいですね。
もうすぐ、ソメイヨシノは終わりですが、この先は山の中でエゾヤマザクラが見られる様になりますね。

ツツジも今から待ち遠しいです!
Posted by ヒューマ at 2008年05月04日 17:14
阿頼王さんへ

桜は日本人(古き良き日本人)の精神そのものでしょう。

芥川龍之介の『舞踏会』だったかな?あの短編の中にも、昔の栄光をぶら下げたままの老婆が見苦しく表現されていました。花火のように一瞬の美しさ、それは桜花と同じ事でしょう。花火も桜もいつまでも咲きっぱなしだと、そりゃもう頂けません。人間の一生にも一回だけ輝ける時間があれば、それだけで生きた価値、証があるのかもしれませんね。
Posted by 黒ウサギ at 2008年05月04日 19:47
ヒューマさんへ

やっと仕事が一段落しそうになれば、もう桜は終わりに近づいてきました。
あとはヒューマさんの仰る通りエゾヤマザクラとつつじでしょうかね。
恵山のツツジ、今年も綺麗に咲いてくれるかな?
Posted by 黒ウサギ at 2008年05月04日 19:51
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